ハリー・ポッター フォードアングリア

アングリアは、全長3.9mのボディに1000cc~1200ccのエンジンを積んだ大衆車。フォードのイギリス工場で1959年~1967年の8年間に約129万台生産されました。なお、アングリア(Anglia)とは、Englandのラテン名。イギリスの大衆車を目指した意気込みが伺えます。

このアングリアの特徴は、なんといっても、ルーフ後端が絶壁(cliff)のように断ち落とされたクリフカット・デザイン。このデザインは、小さな大衆車の室内空間、特に後席の居住性を確保することが目的でしたが、そのデザインは今見ても斬新で個性的。魔法の車のベースに相応しいデザインですよね。

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ハリーポッターのうんちく

1980年7月31日ゴドリックの谷に住む魔法族のポッター家に、長男として生まれる。

1981年10月31日、ポッター家をヴォルデモートが襲撃する。これはハリーが生まれる少し前、シビル・トレローニーアルバス・ダンブルドアに対して「ヴォルデモートを打ち破る者」の誕生を予言し、その予言を盗み聞きしたセブルス・スネイプを通して自身を倒す可能性を秘めた者の存在を知ったヴォルデモートが不安因子を排除しようとした末の行動であった。

家を襲撃してきたヴォルデモートに対し、父ジェームズは家族を守るべく戦うが死亡。その後、母リリーも息子を護ろうとして亡くなるが、この時、母の愛情に基づいた自己犠牲が呪いに対する防御魔法として作用し、ハリーを襲ったヴォルデモートの「死の呪い」を跳ね返した。その結果、当時1歳だったハリーは額の傷1つだけで生き残り、逆に弱体化したヴォルデモートは失踪した。

魔法界はヴォルデモートの失踪を喜び、ハリーを「生き残った男の子」 として英雄視するようになる。一方で当のハリーは、叔母ペチュニア・ダーズリーの家に預けられ、以降、17歳(魔法界の成人年齢)になるまで叔母一家と同居することになる(住所はサリー 州リトル・ウィンジング[1]、プリベット通り四番地)。しかし、ダーズリー家は魔法に対して頑ななまでに否定的な態度を取っており、ハリーは両親や自分が魔法使いであることを知らされないまま、叔母一家から冷遇されながら育った。

1991年7月31日(ハリーの11歳の誕生日)、ホグワーツ魔法魔術学校への入学案内書を手にやってきたルビウス・ハグリッドから自身が魔法使いであることを知らされる。そして9月1日、ホグワーツ魔法魔術学校に入学する。

1年生 – ハリー・ポッターと賢者の石
賢者の石の力で復活を目論んだヴォルデモートから石を守る。
2年生 – ハリー・ポッターと秘密の部屋
スリザリンの怪物を退治し、「秘密の部屋」事件を解決に導く。その功績から、ロン・ウィーズリーと共にホグワーツ特別功労賞を贈られる。
3年生 – ハリー・ポッターとアズカバンの囚人
アズカバンから脱獄したシリウス・ブラックに命を狙われる。しかし後にシリウス本人から両親の死についての真実を明かされ、誤解が解ける。
4年生 – ハリー・ポッターと炎のゴブレット
「三大魔法学校対抗試合」に、本来ならば有り得ない「4人目の代表者」として参加。ホグワーツ代表のセドリック・ディゴリーと同時優勝を果たす。その後、ヴォルデモートの復活を目撃し、辛くも難を逃れる。
5年生 – ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団
魔法省神秘部で、自身とヴォルデモートに関する「予言」を巡り、死喰い人と戦闘を繰り広げる。その後、ダンブルドアから予言の内容を知らされる。なお、この学年時にセブルス・スネイプから閉心術の訓練を受けていた際、スネイプがジェームズやシリウスに受けてきた仕打ちについて知ってしまう事になった。
6年生 – ハリー・ポッターと謎のプリンス
ダンブルドアとの個人授業で、ヴォルデモートの過去と分霊箱の存在を知る。
7年生 – ハリー・ポッターと死の秘宝
ロン・ウィーズリーハーマイオニー・グレンジャーと共に、ヴォルデモートの分霊箱を探索する旅に出る。そして最終的にホグワーツの戦いでヴォルデモートを葬り去る。

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投稿者: ★ちょろQコレクション★ カテゴリー: ちょろQ