名鉄バス 路線バス

名鉄バス株式会社(めいてつバス)は、2004年5月11日(営業開始は同年10月1日)に名古屋鉄道自動車事業本部から分社化されたバス会社。分社化以前は名古屋鉄道が運行するバスの呼称として使用されていた。本社・本店は名古屋市中村区名駅の名鉄バスターミナルビル内にある。

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名鉄510形 電車チョロQ

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美濃電気軌道セミボ510形電車(みのでんききどうセミボ510がたでんしゃ)は、美濃電気軌道(美濃電)が1926年に新製した半鋼製四軸ボギー車

美濃電が名岐鉄道へ吸収合併された際に車種記号が「セミボ」から「モ」に変更され、モ510形と改称された。その後身会社である名古屋鉄道に引き継がれ、改造を受けながら21世紀初頭まで営業運転に充てられていた。

戸袋窓が楕円形状、いわゆる「丸窓」であったことが特徴で、「丸窓」「丸窓電車」の愛称で親しまれた

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名鉄300系電車(めいてつ300けいでんしゃ)

名鉄300系電車(めいてつ300けいでんしゃ)は、2002年に登場した名古屋鉄道通勤形車両名鉄小牧線名古屋市営地下鉄上飯田線直通運転に用いられている。800px-Meitetsu-300EMU

小牧線から上飯田線への相互直通運転開始を控えて2002年に日本車輌製造で4両組成8編成(32両)が製造され、犬山駅と当時高架の終端駅であった上飯田駅との間で営業運転を開始し、既存車両(5500系等)が置き換えられた。追って2003年より、地下鉄上飯田線平安通駅までの営業運転を開始した。名古屋鉄道車両の名古屋市営地下鉄乗り入れ車では、100系と200系が既にあり、地下鉄直通車両として、それに続く形式称号が与えられた。

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名鉄7000系電車(めいてつ7000けいでんしゃ)

名鉄7000系電車(めいてつ7000けいでんしゃ)は、名古屋鉄道(名鉄)の元特急形電車である。

panorama1988年昭和63年)に1000系「パノラマSuper」が登場するまでは本系列が名鉄を代表する車両であり続けてきた。1999年平成11年)までは支線区への直通列車ではあったが定期的に特急列車にも使用されていた。

なお、本項では本系列の中間車を先頭車化改造した7100系電車、先頭車(運転台)以外がほぼ同じ設計の7700系電車、性能は異なるが車体形状がほぼ同じ7500系電車についても解説する。さらに、本項において個別の編成を指す場合は、豊橋方先頭車の車両番号を用いて「7001F」(末尾の「F」は編成を意味するFormationの頭文字)のように表記する。

7000系と7500系は、パノラマカーの愛称でも広く知られてきた。

また、7000系は1962年の第5回鉄道友の会ブルーリボン賞選考会において2位の国鉄キハ82形の約6倍という大差の得票数で受賞を果たした。

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名古屋鉄道「北アルプス号」・会津鉄道「AIZUマウントエクスプレス」チョロQ & レールチケットなる。チョロQのBOXに両線の1区間の切符がついている珍しいチョロQ

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鉄キハ8500系気動車(めいてつキハ8500けいきどうしゃ)は、名古屋鉄道(名鉄)がJR高山本線直通特急「北アルプス」用に導入した気動車である。名鉄での用途廃止から会津鉄道に譲渡され、以降会津鉄道キハ8500系気動車(あいづてつどうキハ8500けいきどうしゃ)となっている。

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名鉄は、2001年(平成13年)9月30日をもって、利用客の減少ならびに特急「ひだ」や高速バス等の代替交通機関があることなどを理由として特急「北アルプス」の運行を廃止した[1]。そのためキハ8500系は使用目的がなくなり、しばらくは須ヶ口駅に隣接する新川検車区に留置されていたが、製造から約10年と比較的新しいこともあって、同年12月に会津鉄道が購入することになり、12月22日から24日にかけて会津鉄道へ甲種輸送された。会津鉄道への移籍に伴う大きな改造は行われておらず、名鉄の伝統である大窓や折り戸ドア、塗装や外観・内装、名鉄独特の書体による車両番号や警笛など名鉄時代からほとんど変わっていない。塗装に関しては、当初は塗り替える予定だったが「北アルプス号の塗装のままにしてほしい」という要望が名鉄沿線住民からかなり寄せられたため塗り替えを取りやめている。

一般公募で決まった「AIZUマウントエクスプレス

の愛称を与え、2002年(平成14年)3月23日から同社会津線浅草駅発着の東武直通急行南会津」と連絡する会津若松駅会津田島駅間の快速列車に充当される。名鉄時代と異なり、ミューチケットのような特別車両券、特別急行券を一切必要としない。

なお、「AIZUマウントエクスプレス」は会津鉄道でのキハ8500系の愛称(列車名ではない)であるため、会津田島駅 – 会津高原尾瀬口駅(旧・会津高原駅)間の普通列車としても使用される。また、2003年(平成15年)10月1日より東日本旅客鉄道(JR東日本)磐越西線喜多方駅まで乗り入れを開始した。そのため、名鉄では本来の用途であった私鉄⇔JR線の直通運転は会津鉄道への移籍後も継続している。

2005年(平成17年)3月1日より、急行南会津」が廃止になったことにより、野岩鉄道会津鬼怒川線を経由して東武鬼怒川線鬼怒川温泉駅まで乗り入れを行い、浅草駅発着の特急「きぬ」及び新宿駅発着のJR直通特急「(スペーシア)きぬがわ」に接続する快速列車に使用されている。

元々は高速運転することを前提に設計・製造された車両のため、短距離での加速・減速を繰り返す「AIZUマウントエクスプレス」としての運用は本来のエンジンの特性に合わず、結果として老朽化を早めてしまった。そのため「AIZUマウントエクスプレス」には後継車両を導入することになり、2010年(平成22年)5月30日をもって営業運転を終了、後継車両としてAT-700形・AT-750形が導入された。

2010年12月に公式HP上において、これら車体の売却先を募集をした。2011年3月26・27日には会津田島駅構内でさよなら運転のイベントを開催する予定であったが、東北地方太平洋沖地震の影響で中止になった。

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左:北アルプス号 右:AIZUマウントエクスプレス

名鉄3500系電車(めいてつ3500けいでんしゃ)

名鉄3500系電車(めいてつ3500けいでんしゃ)は、1942年から1981年まで名古屋鉄道に在籍した電車

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車体長18m級2扉の車体を持つ釣り掛け駆動のAL車(間接自動制御車)である。基本形式としては制御電動車であるモ3500形と制御車であるク2500形が存在した。

車体はウィンドウシル・ヘッダー付、1段上昇窓である。3600系に扉を増設した形の3扉車体で登場した。間取りの関係で、のち2扉化の際に中央扉を埋めた部分の窓は幅がやや狭い。また客扉はすべて前位運転台側へ向かって開く(逆向きのク2650は後位側へ開く)。扉・窓配置はモ3500形の場合登場時がd2D4D4D2d、2扉片運転台化後がd2D10D2oとなる(o = 運転台撤去跡。戸袋窓は区別せず表記)。車両自重はモ3500形が38.6t、その電装解除車で実際にペアを組んでいたク2650形が30.5tであった。

ク2500形は、3両のみの存在で最後まで3扉ロングシートだったが、後位連結面にトイレ(実際は使用されないまま撤去)があり該当箇所の側窓が少し離れていて、妻面が平妻で貫通路扉が引き戸(3400系以外の3800系までのAL車は開き戸)であったことがク2550形との相違点である。

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チョロQ式ゼンマイ駆動部分

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名鉄750形  チョロQ

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モ750形755(1988年)                                     モ700形704(黒野駅、1988年)

デセホ700形701 – 705が1927年(昭和2年)4月に、706 – 710が同年11月に新製され、計10両が出揃った。旧・名古屋鉄道初の半鋼製車両で、深い屋根構造と小さめの窓、リベットを多用して組み立てられた重厚な車体を持ち、当初は正面窓下に前照灯を装備していたこともあり、やや垢抜けない印象を与えるものであった。両運転台構造で片側3ヶ所の客用扉を備え、客用扉部にはステップを設けている。乗務員扉はなく、窓配置は1D6D6D1(D:客用扉)である。

主要機器はそれまでイングリッシュ・エレクトリック(E.E.)社製の機器を好んで採用した旧・名古屋鉄道の流儀に則って、同社の流れを汲む東洋電機製造製の電装品を搭載しており、制御器はES152B型電動カム軸式自動加速制御器、主電動機はTDK516A型[5]である。これらはいずれもデッカー・システムと称されるE.E.社のライセンス製品であり、東洋電機の黎明期に製造されたものであった。このES152B型制御器は自動進段機能を持ちながら、9段のノッチ刻みを持つM-8型主幹制御器の指令により直列5段, 並列4段の任意の段数を直接選択でき、HL車のような運転方法をも可能とするものである[6]。台車はデセホ701 – 705が日本車輌製ボールドウィン型釣り合い梁式台車を、デセホ706 – 710が住友金属工業製ST43型釣り合い梁式台車をそれぞれ装備し、いずれも米国ボールドウィン・ロコモティブ・ワークス社が開発したボールドウィンA形台車の国内デッドコピー製品であった。

その他、連結器は当初密着連結器を採用したが、他形式との互換性を考慮して落成後間もなく一般的な自動連結器に交換されている。

1928年(昭和3年)11月に本形式の増備車としてデセホ750形751 – 758が新製され、翌1929年には759・760の2両が増備されて、デセホ700形と同じく全10両の陣容となった。車体外観はデセホ700形とほぼ同一で、相違点は客用扉ステップ部の裾下がりが小さくなった程度である。主要機器もデセホ700形に準じているが、台車は住友金属工業製ST56型釣り合い梁式台車を装備し、車輪径も異なっていた[7]。また、デセホ758 – 760はドアエンジンを搭載し、旧・名古屋鉄道初の自動扉仕様車として登場している[8]

なお、デセホ700形・750形ともに製造は日本車輌製造で行われた。